| 奈良西の京へ一泊ドライブ2004 2004/04/27(水)-28(木) 奈良西の京へ一泊ドライブ、 27日は朝から雨で出発は11時頃。奈良は電車で行くと大阪か京都回りになって時間もかかるが車だと片道60Kmくらいで第二阪奈道路(生駒トンネル)を使うと1時間でいける。宿は平城宮跡の西側の「簡保の宿奈良」。翌日28日は天気も回復し唐招提寺と春日大社を観て帰った。往復120Kmのドライブ、一泊はもったいないが親戚の人とゆっくり歓談したかったので泊った。 |
![]() 朱雀門 平城宮の正門(内側から)2004/04/27 PM http://www.nabunken.jp |
![]() 世界文化遺産/特別史跡 朱雀門 朱雀大路から 今から1300年ほど前、平城京が今の奈良市に 建設されましたその中心の平城宮には天皇の住居や官公庁 が集まっていました。甲子園球場が30個も入る広大なスペース には公開施設がiいろいろあります。 |
![]() 奈良シルクロード博記念館(朱雀大路東側) |
![]() 世界文化遺産 唐招提寺、天平宝字3年(759年)聖武天皇の 招きに応じ苦難の末来日した唐僧鑑真和上によって建立された 日本についてから5年間、戒壇院での授戒を制度として確立する ため東大寺で過ごしましたが東大寺から開放されたあと天武天皇の 第七皇子の旧宅を賜りそこを「唐律招堤」と称し戒院としていた やがて人々から住居や宿舎を贈られ倉庫・食堂・講堂・金堂などが 建てられ鑑真の没後も東塔が建立され平安時代初めに伽藍全体が 完成し「唐招提寺といわれるようになったそうです |
![]() 唐招提寺入り口 南大門 天平様式に再現されたもの |
![]() 唐招提寺 戒壇 僧侶の授戒が行われる場所 |
![]() 唐招提寺 講堂 和上の創立に際して宮廷から平城宮の東朝集殿を 移築したものです平城旧跡の百ヘクタールは草原となっていますが 幸いここに一棟移築されて宮殿の片鱗をうかがうことが出来るのです |
![]() 鑑真和上の故郷 中国揚州の名花 「けい花」 |
![]() 春日大社の「砂ずりの藤」 04/04/28午後 樹齢は600年 春日大社の社紋は「下がり藤」です 昔藤棚でないころ花が地面に接していたので砂ずりと呼ばれた |
奈良 春日大社 1200年ほど昔の奈良時代時の朝廷は各地方の氏族が信仰する神々を廃せず天皇自らが宮中で共にお祭りを奉仕されるという稀な方法で全国を統一されました。 相手を滅ぼさず神々を共に御祭りするという共生の姿で全国に共通の神道と伝統を広めてこられたそうです。 人口数十万といわれた大都市平城京では水の確保が問題であり生物を生かし清める水は不可欠であります。 第一殿の「たけみかづちのみこと」第二殿の「ふつぬしのみこと」は天照大神の子孫が高天原から天下りされるのに先立ち大国主命はじめ多くの神々と和平を結ぶ大功の神々であり、鹿島神宮・香取神宮に水を治める神としても祭られていました。 第三殿の「あめのこやねのみこと」は天岩戸におこもりになった天照大見神にお出ましを願ってお祭りをした「まつりごと」の神です。河内の国枚岡神社に「ひめ神様」と共に祭られていました これらの神々を神護景雲2年(768年)御託宣(おつげ)により奈良の都を治め全国を治めようと創建されたのが春日大社です |
![]() 中門と御廊 中央が中門右が東御廊左が西御廊 |
![]() 本殿第一から第四 春日四所明神と称し慈悲万行の神 |
![]() 左は西回廊 右は直会殿 春日祭に勅使一行が直会の儀を行う 2004/04/28 PM |
![]() 建物は中門と御廊 左の茂み樹齢800年の大杉 昔境内は原生林で覆われていたそうです。昭和36年(1961年)の第二室戸台風で多くの巨木が倒れてしまったのだそうです |