銀閣寺から平安神宮へ2007 アルバムトップページ  No110
 2007/05/03(木) 奈良の兄夫婦と四国の妹と家内と5人で行楽日和に恵まれた京都へ出かけた。
 京都駅からタクシーで哲学の道の真ん中辺りから入り、京焼きや民芸品、土産物屋など見ながら新緑の道を散策して銀閣寺へ。兄夫婦は疲れるといけないといって先に帰った。
 三人で銀閣寺をユックリ見物した。哲学の道は人は少なかったが銀閣寺は大変混雑していて次から次へと行列をつくって入ってきた。通り雨のような雷雨も降った  銀閣寺を観た後で家内と妹ともわかれ一人でもう一回哲学の道を端から端まで歩きその足で平安神宮までも歩いた。神宮と神苑(平安神宮の庭園)を散策の後、四条河原町まで又歩いた。今日はよく歩いた、京都へ来るとよく歩く、歩いても楽しい街なのかもしれない。河原町で「ミュンヘン」というビアホールへ入って一人で生ビールを飲んで帰った。家内たちは奈良へ泊りがけで出かけた

 平安神宮
 平安遷都1100年を記念して、明治28年(1895年)に遷都のおや神様である第50代桓武天皇をご祭神として創建されました。当時京都の衰退ぶりは目を覆うものがありました。幕末の戦乱で市街地は荒廃しており明治維新によって事実上首都が東京へ移ったことは人々の心に大きな打撃を与えることになりました
 そんな状況下で京都を救ったのは京都復興への市民の情熱と全国の人々の京都に対する思い入れでした。数々の復興事業を展開し、教育、文化、産業、生活などすべての面において新しい京都が模索されて同時に古き良き京都の維持継承に力が注がれました。これらの熱意と一連の町おこし事業が見事に結実して、平安神宮が創建されたのです。
 千年以上にも栄え続けた雅やかな京都を後世に伝えるために又京都復興にかけた多くの人々の遺志を後世に伝えるために平安の祈りを込めて創建されました。
 その後、皇紀2600年にあたる昭和15年(1940年)には市民の懇意によって平安京有終の天皇第121代孝明天皇のご神霊が合わせて祀られ日本文化のふるさと京都のおや神様として広く崇敬を集めることになりました



京都平安神宮 表参道(神宮通り) 大鳥居 2007/05/03 PM

右手の建物は京都市美術館

平安神宮応天門を入ったところから 左に白虎楼 正面が大極殿

平安神宮応天門を入ったところ 右に蒼龍楼 正面が大極殿

平安神宮応天門入って正面 大極殿

平安神宮の本殿を囲むように庭園が造られています 西神苑の白虎池

 平安神宮神苑(庭園) 西神苑の白虎池 2007/05/03 PM
  

平安神宮神苑(庭園) 西神苑の白虎池


平安神宮 中神苑(庭園)の蒼龍池

平安神宮 中神苑(庭園)の蒼龍池

平安神宮 東神苑(庭園)栖凰池 泰平閣(橋殿)

平安神宮 東神苑(庭園)栖凰池 泰平閣(橋殿)

平安神宮 東神苑(庭園)栖凰池を泰平閣(橋殿)から

平安神宮 東神苑(庭園)栖凰池 泰平閣(橋殿)

平安神宮 東神苑(庭園)栖凰池 泰平閣(橋殿)

平安神宮 応天門内側から表参道を向こうは大鳥居 2007/05/03 PM

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