奈良・薬師寺と法隆寺2003 アルバムトップページ No13
 2003/11/14(金)厚生年金受給者協会「支部の集い」で奈良西ノ京の観光日帰バスりツアーに参加した
秋晴れに恵まれて薬師寺と法隆寺を観光した
                                  


 奈良市西ノ京457 Tel0742-33-6001
 URL: http://www.nara-yakushiji.com
 薬師寺は天武天皇により発願(680年)持統天皇によって
本尊開眼(697年) 文武天皇の御代に飛鳥の地において
完成その後平城遷都(710年)に伴い現在地に移された
ものです当時は南都七大寺の一つとして大伽藍はわが
国随一の壮美を誇りました金堂を中心に東西両塔・講堂
回廊が立ち並んでいました 爾来1300年を経て幾多の
災害を受け特に享禄元年(1528年)の兵火では東塔を
除く諸堂が灰に帰したのです。

 昭和42年(1967年)高田好いん管主により白鳳伽藍の
復興が発願されました失われた堂塔の復興を大悲願とし
写経勧進によって金堂・西塔・中門・回廊・さらには
平成15年(2003年)3月に大講堂が復興されました。
  2003/11/14 AM

 東塔(国宝白鳳時代)六重に見えるが三重塔です
律動的な美しさは「凍れる音楽」という愛称だそうです

 西塔 享禄元年の兵火で焼失昭和56年4月に
453年ぶりに復興されました

 金堂 二重二閣五間四面 瓦葺の建物で各層に
裳階をつけた美しい建物で竜宮つくりと呼ばれています


大講堂 正面41m奥行き20m高さ17mあります


薬師寺大講堂  金堂より大きいのは古代伽藍から通則でこれは南都の
仏教が教学を重んじ多くの学僧が集まり経典を講義したためだそうでう


玄奘三蔵院伽藍 法相宗の始祖・玄奘三蔵のご頂骨を
真身舎利として奉安し玄奘三蔵訳経像をお祭りしている




 法隆寺奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1の1
 Tel: 0745-75-2555
URL:http://www.horyuji.or.jp/

 法隆寺は飛鳥時代の姿を伝える最古の
木造建築として知られています。

 由来は用明天皇が自らの病気の平癒を
願って寺と仏像をつくることを誓願したが
実現できないまま崩御されたといいます

 そこで推古天皇と聖徳太子がご遺願を
ついで推古15年(607年)に寺と本尊
「薬師如来」を作られたのが法隆寺
(斑鳩寺とも呼ばれている)であると
伝えられています。

 左の写真
 中門 西院伽藍への入り口 深い軒や
エンタシスの柱など飛鳥建築の特色を
持っています。エンタシスとは中央に
ふくらみを持つ柱で古代ローマ建築の
影響を受けたものといわれています
 後ろは五重塔です  2003/11/14 午後

 
  大講堂(国宝平安時代)仏教を研鑽法要を行う施設で大講堂の両脇には経蔵と鐘楼があります古代寺院の様式では講堂に
並んでこのような施設があるのは法隆寺だけです



  法隆寺五重塔高さ31.5mわが国最古の五重塔
 近年心柱の伐採が594年とわかり日本書紀の記述に
ある天智9年(670)の火 災以降に再建論
に一石を投じることになりました

 

 網封蔵(こうふぞう)国宝奈良時代 平安時代初期に建立
 寺の宝物を保管するための南北9間両端3間にそれぞれ
蔵を設け中央の3間が吹き抜けになっている蔵です
宝物は大宝物殿に移しているそうです


 東院伽藍の夢殿国宝(奈良時代)聖徳太子の遺徳を
しのんで天平11年(739年)に聖徳太子の住まいで
あった斑鳩の宮跡に行信僧都という高僧が建てた
伽藍を上宮王院(東院伽藍)といいその中心となる
八角形の円堂が夢殿です

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