奈良・法隆寺2005-1 アルバムトップページ No40
                            法隆寺2005-1      法隆寺2005-2
  2005年(平成17年)11月4日(木)奈良の法隆寺を見学した。もう二三回行っているが家内とお客さんが行ったことがないというので訪ねた。
  朝はゆっくり9:00過ぎ大阪高槻出発で名神茨木ICから入り吹田JCから近畿道で松原JCへ東名阪道の法隆寺から出てすぐです。距離は50Km少々で小休憩を入れても2時間とかからない。11:00前に着き南大門から少し離れた有料駐車場¥500/一日に入れる。
  
  聖徳宗総本山 法隆寺 (日本最初の世界文化遺産)
  〒635-0115 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1の1  0745-75-2555
  
 飛鳥時代の姿を現在に伝える世界最古の木造建築として広く知られています。創建の由来は「金堂」に安置されている。「薬師如来像」の光背名や「法隆寺伽藍縁起併流記資財帳」(747年)の縁起文によって次のように知ることが出来ます。
 用明天皇がご自分のご病気の平癒を祈って寺と仏像を造る事を誓願されたがその実現を見ないままに崩御されました。そこで推古天皇と聖徳太子が用明天皇の御遺願を継いで推古15年(607年)に寺とその本尊「薬師如来」を造られたのがこの法隆寺(斑鳩の寺とも呼ばれている)であると伝えています。

 現在、法隆寺には塔や金堂を中心とする西院伽藍と夢殿を中心とする東院伽藍に分けられています。広さは約18万7千平方メートルの境内に飛鳥時代をはじめとする各時代の粋を集めた建築物やたくさんの宝物類が伝来しています。国宝や重要文化財に指定されたものだけでも190件点数にして2300余点に及んでいます。聖徳太子が建立された寺院として1400年に及ぶ伝統を今に誇り、1993年ユネスコ世界文化遺産に日本で初めて登録されるなど、世界的な仏教文化の宝庫として注目を集めています

          


法隆寺 松林の先に玄関ともいえる南大門 2005/11/04 PM


南大門(室町時代)法隆寺の玄関にあたるこの門は
永享10年(1438年)再建されたものです

南大門越の眺め

南大門越の眺め

南大門を入ったところ 正面 中門と五重塔
  左 西園院・客殿上土門と唐門

五重塔と中門(団体写真のポイント)

 上土門





五重塔と中門
中門は深く追いかぶさった軒が特徴 飛鳥建築の粋を集めたものです
重厚な扉と左右に立つ金剛力士像(奈良時代)は東西に伸びた
回廊の連子窓と対照的な組み合わせで並列して
立つ塔と金堂を壮麗に包み込んでいます

法隆寺 五重塔
飛鳥時代の塔で釈尊の遺骨を奉安するためのものであり仏教寺院に
おいてもっとも重要な建物とされています、高さは31.5m
わが国最古の五重塔とされています


西回廊と 大講堂

大講堂

大講堂と回廊

回廊

大講堂(平安時代) 
このお堂は仏教の学問を研鑽したり法要を行う施設として
建立されましたが延長3年(925年)落雷により焼失しました
正暦元年(990年)には再建されご本尊の薬師三尊像
と四天王像もそのときに造られました


五重塔と金堂
金堂は法隆寺のご本尊を安置する聖なる殿堂です威風堂々とした
建物の中には聖徳太子のために造られた金銅釈迦三尊像(飛鳥時代)
太子の父君用明天皇のために造られた金銅薬師如来像(飛鳥時代)
母君穴穂部間人皇后のために造られた金銅阿弥陀如来像(鎌倉時代)
それを守護するように樟で造られたわが国最古の四天王像(白鳳時代)
が邪気の背に静かに立っていますその他木造吉祥天立像
毘沙門天像(平安時代)が安置されています

天井には天人と鳳凰が飛び交う西域色豊かな天蓋がつるされ
周囲の壁面には世界的に有名な壁画(昭和24年焼損
パネルに再現壁画)が描かれ創建当時の美しさが偲ばれます


金堂内の彫刻像

門前街 お昼を食べた食堂 下の写真はその店内



聖霊院(しょうりょういん)東西の回廊の外側には東室、西室と
いうそれぞれ細長い建物があり僧侶の住居でした僧旁と
呼んでいます鎌倉時代に聖徳太子信仰の高揚に
伴って聖徳太子の尊像を安置するために東室の
南端部を改造したのがこの聖霊院です








西院伽藍 中門の前から 西大門方向

東大門(東院伽藍)方向の

ページトップへ戻る